働くASDパパ、親子で“発達”してます

職場で浮き、家庭で揺れて。それでも僕は、親であり続けたい。

スマブラで泣いた小僧、でも父はニヤけてた。


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「お父さん!スマブラやろ!絶対負けへんから!」

突然の挑戦状を叩きつけてきた小僧。
でもな、お前は知らんのやろ?
こっちはロクヨン時代の初代スマブラー。
んで格ゲーで、

近所のゲーセンブイブイいわしてた猛者やぞ?

しかも僕がゲームする姿、息子は見たことない。
つまり──完全に父をナメてた。

■ 初戦──開始10秒で勝負あり

「レディー……GO!」

\ドォォォォン!!/(10秒後)

👦「……は?」
👨「うん、負けやね」
👦「え?え?今のなに?」
👨「君が空に飛んでった音や」

もはや会話も成立せん。
ちなみにここまで、操作説明ゼロ。
スパルタとかじゃない。リアル社会の厳しさ教育や。

■ でもな、この小僧、諦めへんのよ。

👦「もう一回やる!!」
👨「今ので心折れへんのすごいな」
👦「負けたまま終われるかぁぁぁ!!」

そこから始まった毎晩のスマブラ道場。
・負ける
・怒る
・泣く
・でも挑む

これを繰り返す、修行僧のような小僧。
僕はというと、完全に道場の館長。
毎晩ガチで戦いながら、ちょっとずつ手応え感じてた。

■ そして──ついにその瞬間が来た

何度目の対戦かは覚えてない。
でもその日は明らかに違った。

よける。攻める。投げる。
まさか…これ、ヤバい?

\ドォォォン!/

僕のキャラ、ステージ外にふっ飛んでいった。
画面には「GAME SET」。

息子、固まる。

「…………」
「…勝った」
(3秒後)

「お父さんに勝てたぁぁぁぁぁぁぁああああ!!!」

もうね、雄叫び。
ジャンプ。変なステップ。ガッツポーズの連打。
嫁は爆笑しながらスマホで動画撮ってた。

僕はというと──
なんか、目頭に違和感あった。

■ その姿、どこか嫁にも似てて

あいつな、ほんま負けず嫌いで。
泣いても諦めへんし、やられたらやり返すし。
でもそれを「見せたる!」って堂々と出すとこ、
なんか嫁にそっくりやってんな。

うちの嫁も筋金入りの勝ちたがり。
じゃんけんにも本気。UNOでもキレる。
その血、よう受け継がれとるなーって思った瞬間、
なぜか胸がギュッとなった。

なんやろな──
「家族ってええな」って、思わされた。
エンドルフィン、ドバドバや。

■ なお、その代償。

その後も調子に乗った小僧は、毎晩スマブラ三昧。

で、どうなったかというと──
コントローラー4本、スティック破壊。

「壊れた」ちゃうねん。
“内部を破壊した”が正しい。

まさか北斗神拳の伝承者やったとは。

 

しかもそれを修理するのは──

この僕。
修理キット代も僕。
夜な夜なネジ回しながら思う。

「俺、なんの罰ゲーム受けてんねん……」

トドメは嫁の一言。

 「負けたらへんから壊れたんやで?」

 

いや…どっちが悪なん、これ?
勝っても壊れる。負けても壊れる。
世知辛すぎるて。この家庭。

 

■ で、今はというと…

……で。

その後も毎晩スマブラ修行に明け暮れた小僧は、
ピカチュウを使いこなし、マリオを華麗に操り、
いつしか父を軽く捻るレベルに進化しました。

最近なんか、こっちが本気出してもボコられる始末。

 

👨「うわ、また負けたやん…」
👦「2ストック差やけど?」
👨「あの“悔しがってたお前”はどこ行ったん?」
👦「そんな時もあったなぁ(ドヤァ)」

君、ずいぶん成長したんやね。

 

たかがゲームかもしれん。
でも、この日から確かに“何か”が変わった。

成長は嬉しい、でもなんか複雑や。

かつてコントローラー4本を破壊し、
僕の精神と財布を同時に削った小僧。

今や「お父さんも頑張ってるんやけどなー。
でももうちょい練習してから出直してきて?」
とか言うてくる。

もう一周まわって清々しいわ。
ありがとう息子、今日も完敗です。

「登場人物の気持ちを答えなさい」で減点される国語、なんで俺が代弁せなあかんねん問題

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みなさん!

小学生の頃の国語のテストで、こんな設問がよくありましたよね。

「この時の登場人物の気持ちを答えなさい。」

いやいや、知らんがな。

……って言いたいのをグッとこらえて、僕なりに真剣に考えた結果がこれ。

「私は登場人物ではないので、わかりません」

真面目に答えたんやけど、返ってきたのは先生の怒号と親のため息、クラスメートの失笑。

なんでやねん。ふざけてへんわ!本気や!

1. あのとき僕は本気だった

ほんまにな、ちょけて書いたわけちゃうんよ。

「俺、登場人物ちゃうしなあ……気持ちなんてわからんやん?」って。
「こん時のこいつ、〇〇が嫌いって言うてるけど、世の中には愛してるからこそ嫌いって言う、謎めいた場面があるらしいしなー」
「うん。やっぱり他人の気持ちなんてわかりっこねえわ。」

て、めっちゃ真剣に考えて導き出した答えが、あれやったんよ。

でも返ってきたのは、「ふざけるな!」の一喝。

なにそれ? むしろそっちが心読めてへんやん!?
おぬし、もしや自己矛盾系男子かの?

2. 書かれてないことに“正解”があるという理不尽

「登場人物の気持ちを答えなさい」って、なんでやねん。

書いてへんやん。その気持ち、どこに書いてあるん?
行間? 空気? いや、それ見えへんねん。
俺の脳、X線ちゃうんやから。

ASDの脳みそって、「見えてるもん」には強いけど、
「感じ取って!」っていうフワッとした指示にはめっぽう弱いんよ。そんなん無理ゲーやん?

3. 「察する」より「構造」で答えたい

でもな、「なぜ登場人物はこうしたのか、
書かれている内容から推測しなさい」って問題やったら、いける。

そこに論理があるやろ? 構造があるやろ?
書かれてることから導くんやったら、得意分野やで。

僕、行間は読めへんけど構文は読めるから!

4. 「空気読み」前提の教育が、僕らを傷つけてる

空気読みって、あれやろ? 言葉にせんでも感じ取れってやつやろ?

いやいや、こっちは天気も読めんのに、空気なんか読めるかい!

で、感じ取れへんかったら「間違い」って、どんなクソゲーやねん。

ASD傾向のある子どもってな、「できへんこと」を無理にやらされると、自信ボッキボキに折られるんよ。

いや、これに関してはASD関係なくほとんどの子どもがそうかも。

それって、ほんまに教育なんかな?

5. そろそろ問いの形を見直してほしい

国語力って「察し力」だけちゃうやろ?

「論理力」「構造理解力」「文章解釈力」も、めっちゃ大事やん。

「感じて〜」より「考えて〜」で評価してくれたら、俺らかて活躍できるんやで?

そろそろ、「わかるやろ?」っていうザックリ国語から、「こう考えたらどうや?」っていう納得国語にシフトしませんか?

ほんで先生、もう「ふざけるな!」って怒らんといてな。
僕、あのとき……むっちゃマジやってんから!

 

最後にちょびっとだけ、まじめなまとめ。

「登場人物の気持ちを答えなさい」っていう問いは、
ふつうの子にはなんてことないかもしれん。

けど、僕みたいな“察するのが苦手な脳みそ”からしたら、
あれはもう毎回ボス戦。毎回辟易しとる。

だから、ちょっとだけでええから、問いの形とか、
評価のしかたとかを見直してくれる人が増えたらええなって思って、この記事を書きました。

ここまで読んでくれたあなた、
めちゃええやつやと思います!僕が保証します!ほんまおおきに。

また気が向いたら、読みに来てやってくれるとめちゃ嬉しやす🌰

あと、ここまで読んでくれたあなたと、この問題についてここのコメント欄で語らえたらもっと嬉しいっす!

もちろん、賛否問わず何でもOKやで!

んで、あなたの“忘れられない国語テストエピソード”も、
ぜひ聞かせてやってくだはい。

「やあやあ、才能の原石共よ」|絵心甚八に学ぶ“指導者の覚悟”

のび太くんじゃないよ

「子どもは“普通”に育ってくれたらそれでいい」  
──よく聞く言葉やけど、僕はそれを目にするたびに違和感を覚える。

普通って、なんなんやろう。  
誰が決めた基準なん?僕は今でも“普通”ってやつがよくわからへんし、  
正直、憧れたこともない。

ASD当事者として生きてきた僕は、  
自分自身が「はみ出た存在」であることに、何度も悩んできた。

でも──  
ブルーロックに出てくる、あの男。  
絵心甚八という狂気の育成者の一言が、僕の心を貫いた。

 「やあやあ、才能の原石共よ」

最初はふざけてんのかと思った。  
けど、読み進めるうちに気づいた。  
この男は、指導者の“本気”を語ってるんやと。

今回は、そんな絵心から学んだ  
「育てる側の覚悟」について、僕自身の視点で語ります。


🔥「ふざけた挨拶に見えて、魂が揺れた」

「やあやあ、才能の原石共よ。」ブルーロック/絵心甚八

絵心甚八のこのセリフを、
ただの煽り文句だと思った人も多いでしょう。

でも僕は、違いました。

この一言に、ゾワッとしたんです。
なぜならこのセリフには、覚悟と責任と、選別の愛が詰まってたから。

絵心は、選手たちにとんでもないプレッシャーを与える。

  • 脱落=一生日本代表にはなれない

  • 才能がなければサッカーやめろ

でもその選別の冷酷さと同じ熱量で、
彼は自分自身にもプレッシャーを課している。

「この育成論が間違ってたら、俺の人生が終わる」
「お前らの才能を潰したら、それは俺の責任や」

──それが、本物の指導者の姿やろ。


🪨僕は石ころやと思ってた

ASDと診断されたとき、僕はスッキリした。
「あぁ、これまでの“ズレ”は全部ここに繋がってたんや」って。

幼い頃から、周囲との違和感はずっとあった。
親からはよく言われた。

「あんたはいっつも変なこと言うなぁ」

こっちは真剣に考えたことを言ってるのに、
返ってくるのは「変やなぁ」っていうラベル。

──今思えば、親は僕を「普通の子」にしたかったんやろう。

でも僕は、
「普通」ってものに憧れたことも、目指したことも、理解したこともない。

だから、僕は“普通”になれへんかった。
ずっと“石ころ”のままやった。


💠でもある日、気づいたんや。

「俺は石ころやない。砥石や。」

原石は光るかもしれない。
でもそのままじゃ、光らへん。
光らせるには、削らなあかん。磨かなあかん。

そのために、僕自身が砥石として削られる覚悟を持つこと。
それが、僕のエゴや。


🧠僕のエゴは、「才能の原石共」を輝かせること

  • 息子は、ASDADHDを併せ持つ“超不器用な天才”や。

  • 娘は、繊細な感性と反抗期のハイブリッド。

  • そして部下たちは、それぞれ違う“エゴの塊”。

僕は彼らに“普通になれ”なんて言わへん。
言うのはいつも同じや。

「お前はどうしたい?」
「現状のままでいいと思うんか?」
「変えたいなら、どう動くんや?」

答えは教えへん。けど、問い続ける。
それが僕の砥石スタイルや。


💥本気で向き合うって、こういうことやろ?

指導者って、
「やさしく教える人」やない。

「本気で、相手の未来を背負う人」や。

僕は、息子が失敗したときに怒鳴らへん。
でも逃げたら、突きつける。
過ちを“ダメ”で終わらせず、「じゃあ次どうする?」を問う。

これって、絵心と同じやろ。

彼は「選別」する。
でもそれは、「見捨てる」んやなくて、「見極めて、引き上げる」覚悟なんよ。


🎯だから僕は、これからも砥石であり続ける

原石が光る瞬間──
それは、自分で磨くことを選んだとき。

僕はその“最初の傷”をつける砥石でいたい。
痛くても、ムカついても、あとで「あの人のおかげや」と思われる存在でいたい。


💬最後に言わせてくれ

「俺は石ころやなくて、砥石でなきゃあかんのや。」
誰かを光らせるために、僕はすり減ってもええ。

それが、僕のエゴや。

“仲良くしたいだけ”で、子どもが泣く日があるって知ってますか?


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「みんな仲良くしましょう」って、ほんまにええことなんやろか。

僕の息子は、それを信じて、クラスのケンカの仲裁に入った。
誰に頼まれたわけでもないのに、しんどい思いをして、
最後には、ぽつんとこう言った。

「僕、仲良くしたいだけやのに」

そして──泣いた。

“いい子”ほど、しんどくなることがある。
今回はそんな息子の話。

 

🐾「あれ、こいつ…いつもとちゃうぞ?」って日

ある日、小学校から帰ってきた息子、なんか様子おかしかったんよ。
うちの子って普段、妻か僕が帰ってきたら絶対「ねえお母さん?」「ねえお父さん?」って話しかけてくるんよ。
その日は──無言。

しかも、
いつもこっちが言わんと動かんトイレ掃除を、何も言わずにサラッとやってる。
おまけに「ちょっと走ってくるわ」って外に出ていった。

※注:当時、息子は超インドア派。ゲームとおやつさえあれば他はなんもいらん。そんなやつ。
そんな子が“自主ラン”……これはもう、なんかあった認定。確定演出。


🕵️‍♂️定型はエスパー。僕は観察型。

ちなみに、うちの妻は「なんか感じる」ってタイプ。
空気とか雰囲気とか、“目に見えんもん”で察知する系。まじでエスパーやと思う。

僕はというと、完全に観察&分析型。
行動ログ・言動の違和感・過去のパターン……そこから兆候を読み取る。

感覚vs論理。エスパーvsデータマン。
夫婦で見ると真逆。でもうまいこと役割分担できとるなぁって最近思う。


🍙AとBの間に入って、しんどくなった話

で、ポツポツ話し始めた息子から聞いたのが──
クラスのAくんとBくんがケンカしてて、めっちゃ仲悪いらしい。

で、なぜかその間に入ってるのが、うちの息子。

僕「なんでそんな頑張ってるん?」
息子「だって、二人とも僕と仲いいもん」
僕「でも二人は仲悪いんやろ?」
息子「うん。でも前は、3人でよく遊んでたもん」
僕「それで、お前が間に入っても変わらへんのか?」
息子「うん。あいつら、相手の悪口しか言わへん」

──うん、そらしんどいわ。


🗯「…僕、仲良くしたいだけやのに」

僕「お前は、どうしたいんや?」
息子「……前みたいに3人で遊びたい」
そう言った息子の目に、涙が浮かんだ。
僕「……そらそうなりたいよな」
息子「……僕、仲良くしたいだけやのに」

声が震えて、泣いてた。

……ああ、もうアカン。
僕の胸にも、ズドンと何かが落ちた。


📢「みんな仲良くしましょう」って、ほんまか?

ちなみにやけど、息子の担任の先生が
よく言うてたらしいんよ。

「みんな仲良くしましょうね〜!」

いやいや先生。
それ、めっちゃ綺麗な理想論ですよね?

僕はこう思う。

「それって、人間に本当にできることなんですか?」

人間には“合う・合わん”がある。
性格・価値観・文化、時には見た目や特性。
全部同じなんてあり得へんのに、
“仲良くしなさい”って、全員に一律で求めるのっておかしくないか?

これさ、ちょっと極端な例を出すと──

僕は色覚異常を持ってる。
もし僕が子どもの頃に「将来パイロットになりたい!」って言うたとする。
そのときに教師が

「頑張ったらなれるよ!」

って言うたら……それ、
“応援”のつもりでも、めちゃくちゃ無責任やと思うねん。

だって、現実的に不可能やから。


「みんな仲良くしましょう」って言葉も、僕にはそれと一緒に見えるんよ。
現実的に不可能なことを、子どもに“できる前提”で言うのって、ある意味で“嘘”やと思う。

そして怖いのは、
子どもってそれを疑わずに信じてしまうところ。

「僕がうまくできないのは、努力が足りないからなんや」
「仲良くなれへんのは、僕が悪いんや」

って、自分を責めるようになる。


僕は正直、あの言葉にちょっとモヤる。
“先生”って立場の人が、そんなふわっとしたことを堂々と言うのは、どうなんかなって。

……ただな。
僕は先生という職業そのものを否定したいわけやないんよ。

むしろ、めっちゃ尊敬してる。

あんな“人間だらけ”の空間を毎日管理して、安全に過ごさせて、
モンスターペアレントの理不尽にも頭下げて、
クソ長い拘束時間こなして、給料は見合ってへん。

それでも教壇に立って、子どもたちの前に居続けるって、
ほんまに、頭が下がる。僕には絶対でけへん。

せやからこそ──
その先生の“重たい言葉”をどう届けるか、先生たちには真剣に考えてくれたらうれしい。

 


🙇理想はきれい。でも現実は…。

僕は言いたかったよ。

「そもそも人間には“合う・合わん”がある」
「無理に繋げようとしても、逆に壊れることもある」
「“みんな仲良し”なんて、現実ではなかなか無理や」

でもな──
そのときの息子に、それをぶつける勇気が出んかった。

息子が今、信じてる“理想の記憶”を、
僕の現実論で踏みにじってええんやろか?って。


🙏僕にできたのは、ただの“同意”だけやった

せやから僕は、
ただ「そうなれたらええな」って返すしかなかった。

理想は、時に残酷になる。
でも、それを信じたこと自体は、責められるもんやない。


💬 最後に

僕は、息子の“その優しさ”が大好きや。
でも同時に、それがしんどくなる日が来るかもしれんとも思ってる。

そのとき、突き放すような大人にはなりたくない。

言うてやりたい。

「信じたこと自体は、間違いやなかったで」って。

「お前が人を繋ごうとしたその想い、ちゃんと意味あったんやで」って。

【人を繋ごうとする子どもに、“その気持ちは無駄やなかった”って言ってやれる大人でありたい。】

“いい子”が搾取される時代に。息子の優しさに親が不安を感じた理由


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「優しい子に育って良かったですね」
って言われると、モヤる。
いやまあ、うれしいっちゃうれしいんよ?
うちの息子、人のために動くのが好きやし、「気が利くええ子ですね」って褒められる。

でも、
その“やさしさ”がね──
たまに怖いくらいに無防備なんよ。

 

 


🍫「お父さん、これ食べてみて!」に潜むやばさ

ある日、コンビニで買った新作チョコを息子にあげたら、
ひとくち食べて、目キラッキラさせて言うてきた。

「お父さん、これめっちゃ美味しい!食べてみ!」

え、そんなに?
ほな、いただきまーすっ──

うん、たしかに。

僕「うまっ!めっちゃええやんこれ!」
息子「やろ?もう一個いる?」
僕「ありがとう。でもええよ。お前の分なくなるやん」
息子「そっか」

──すると、

すぐに姉の元へダッシュして、こう言い放った。

「ねえね!これめっちゃ美味しいねん!食べる?」

おい小僧!俺の話きいてたか?


🤔「我慢してへんの?」と聞いてみた結果

気になって、あとで息子に聞いてみた。

僕「なあ、さっきのチョコやけどさ。
  あれ、お父さんにあげて我慢してへんの?」
息子「ん?してへんで?」
僕「だってあれ、お前のために買ったんやで?自分で全部食べてもええんやで?」
息子「うん。でも美味しいから」
僕「いや美味しいならいっぱい食べたくならんの?」
息子「んー…美味しいからあげたい」

………。

僕の脳みそ、ちょっとフリーズした。


🧠僕は「欲しいもんは全部もらう」タイプです

僕は、基本「美味いもんは全部自分のもんにしたい」って思って生きてきたタイプ。
欲しいもんは全力で取りにいく。
独り占めしてナンボ。
分けたいなんて気持ちは、ほぼゼロ。

人に何かあげる時は、
「お返しが来る可能性を計算してるとき」か、
「相手が好きで好きでしゃーないとき」だけ。

せやからこの“見返りゼロのやさしさ”に、
もうビビるしかなかった。


🥹このやさしさ、尊敬する。でも怖い。

正直に言うて、
かっこええなと思った。

「美味しいからあげたい」って、どんなセリフやねん。
ドラマか?マンガか?いや、うちの息子やで?
すげぇな、お前。

でもな──
親としては、心がザワついた。


⚠️「いい子」は、搾取されることもある

この世には、「いい子」をちゃんと大事にしてくれる人間もおる。
でも同時に、「いい子」を都合よく利用する人間もおる。

・「頼めば断らへん」
・「代わりにやってくれる」
・「何言っても怒らへん」

──そんなふうに見られた瞬間、その子は便利な道具にされてまうんよ。

そしてそれに、本人は気づかん。
だって「やってあげたい」「喜んでもらいたい」って思ってるから。

だからこそ、親の僕は焦る。


🛡「お前の優しさは最強の武器や。でもそのまま突っ込むと返り討ちやぞ」

やさしさは、武器や。
ほんまに。

人を救うし、信頼もされる。
人望だってできる。
でもその武器、“柄”がついてへんかったら自分がケガする。

僕は息子に言うてる。

「“あげたい”は正義。でも“あげへん”のも正義や。
 使い分けできるやつが一流やで」

僕?
僕はE缶だけは最後まで取っておくタイプや。
ぜっっったい使わんでクリアする。
やから、やたら配りまくる息子見てたら、胃がキリキリするん。

でもな、お前はお前でええ。
配りたいなら配ったらええ。
ただ、「あ、これヤバいやつや」って時は、“回収”してこい。な?


🤝僕もやさしくはある。でも相手は選ぶ。

念のため言っとくけど、
僕も人に喜んでもらえるのは嬉しいと思ってる。

ただし、や。

僕が優しくしたいのは、
「僕が愛してる人(妻と子どもたち)」と、
「僕に何かしらの“意味”をくれる人(親族・友人・同僚・取引先など)」に限る。

全然知らんやつとか、得しか考えてへん奴には、
お菓子どころか視線も向けへん。

せやからこそ、息子の“全方位型やさしさ”は心配になるんよな。


💬「全員と仲良くなんて、無理やねん」

息子には、こうも言ってる。

「全員が仲良しこよしなんて、あり得へん」
「好きなやつもおれば、嫌いなやつもおる。それが人間や。しゃあない」

みんな違うから、ぶつかることもある。
仲良くなれへんこともある。
それが普通やねん。

せやから、「仲良くなれなかった=失敗」やと思わんでええ。
そのぶん、自分をちゃんと守れたらそれで勝ちや。


🛠優しさを守るのが、親の役目やと思う

「ええ子に育ってますね」
そう言われると、確かにうれしい。

でも、“ええ子”って言葉の裏には、
「扱いやすい子」「怒らない子」「断らない子」
って意味が混じってる気もしてる。

僕は息子に、人にやさしくしてほしい。
せやけど同時に、自分にもやさしくあってほしい。

あげたい時はあげればええ。
でも「これはちょっとちゃうな」って感じた時には、
「それはあげへん」って言える子になってほしい。

僕はそのために、現実もちゃんと見せて、
息子の優しさが折れへんように支えていくつもりや。


📝最後に

あなたの子どもは「優しすぎる」って言われたことありませんか?
それ、たしかにすごく素敵なことです。
でも同時に、“狙われやすさ”でもあるかもしれません。

優しさを誇れる子に育ってくれてうれしい。
でもその優しさが、傷つかないように──
守るのは、親の仕事なんやと思ってます。

 

朝の準備が進まないの、こっちの脳のせいです。


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朝の時間って、なんであんなにバグってんの?
5分で終わるはずの準備が、気づけば「もう出る時間やで!」の叫び声。
しかも息子はのんびり着替え中。僕は「まだ靴履いてへんの!?」と絶望中。

これ、別にサボってるわけでも、やる気がないわけでもない。
“そういう脳の構造”なんですわ、たぶん僕も息子も。

ADHDって診断されたとき、ちょっとだけ腑に落ちた。
朝の準備が進まないのは、努力不足じゃなくて“脳のクセ”。
そう気づいてから、僕は朝の声かけを変えた。

 


 

朝って、時間がすり減る謎空間

うちの朝、もはや異次元。

僕はまず、起きてすぐにテレビをつける。
ニュースを流しながらトイレ行って、洗顔して、歯磨きして。
んで、リビングに行く。

「さて…今日の社会はどんなもんかいな」と、ニュース見ようとテレビを見たら――

 

\ ♪ぶちかまっしてくれぇ♪ /
アニメ「ブルーロック」が流れとる。

(へぇー。最近は朝のニュース内でもアニメやるんか。)

 

って、んなわけあるかいな!!!

 

いやいや、いつの間に変えた?
見たら、リモコン握ってるのは息子。

(貴様。さっきまで寝てたよな?)

僕が洗面所にいるスキを狙って、ヌルっとチャンネル乗っ取り完了しとる。こそ泥ちゃん。

しかも!ちゃんと見てるわけでもない。
聞いたら「見てる!!」言うけど、絶対見てへん。
ただ流してるだけ。なんやそのこだわり。
んで何回目やねん。この回。
おかげで全セリフ覚えたぞ。

こっちはニュースが“朝スイッチ”なんや…。

 


「なんで動けへんの?」の前に

ブルーロックの件はまあええとして。
本番はここから。

出発10分前、息子の動きに注目すると…

スマホ
ずっとスマホ
それかトイレにこもって動画見てる。

で、家出る3分前に言うわけよ。

「練習着の替えいるんやった!」

おいコラ!なんで今!?
昨日のうちに言うといてくれぇ!!

しかも準備もまだ終わってない。
靴下片方しか履いてへん。
持ち物もカバンの横にあるだけ。
あと5分で出るってのに、まったく準備完了してへんねん。

…まあ、思い返すと僕もそういうとこある。
「定期券持ったっけ?」って3秒で忘れるし、
「おっと水筒に水入れてなかったわ」って出発直前に動き出すとか、しょっちゅうや。

たぶんこれ、“時間感覚のズレ”ってやつなんやろな。
脳のクセ。努力とか根性じゃどうにもならんとこ。

 


僕の朝の工夫:3ステップ作戦

正直、「もっと早く動きなさい!」って怒るのは簡単。
うちの場合、それで良くなったことって…ない。
むしろ逆効果。フリーズさせて終わり。

だから、試行錯誤の末に生まれたのがこれ。

 


ステップ1:時計は捨てた(タスクで管理)

息子は時間で動くのが苦手やから、「7時に歯磨き」とかやめた。

1分1秒でもズレたらそこでフリーズするからね。

代わりに「やることリスト」を作って、冷蔵庫にペタッと貼る。

「今は“着替え”のターンやで」って、視覚的にわかるようにしたらちょっとマシ。

 


ステップ2:「次なにやるんやっけ?」って問いかける

「靴履きなさい!」じゃなくて、
「次は何するんやったっけ?」って聞くスタイル。

これ、地味に効く。自分で考える時間になるから。

 


ステップ3:スマホは禁止しない

一度、完全禁止にしたった。(朝だけな)

そしたら、

「俺の人生オワタ」

ってガチで言うてて、んで発狂モード突入した。

「もう、おしまいだ!この世の終わりだーーーーーー!!!」

(え!?標準語?君。関西人だよ?)

さすがに悟った。これ、絶対アカンやつや。

だから「朝は15分の使用OK」ってルールにした。
ぴったりやめられへん日もあるけど、まぁ“減らせたらヨシ”ってことで。

 


今日もなんとか出発できた。それでええやん

うちの朝は、毎日がミッション。
成功率は…まあ6割ってとこかな?

でもな、もう完璧なんか求めてへん。

「前よりちょっと良くなった」
「今日は怒らんですんだ」
「なんとか間に合った」

それでええねん。
だって、僕らは“脳のクセ”と一緒に生きてるから。

本人も、やりたくて失敗してるわけちゃうし。
僕も、毎朝ちょっとずつ“攻略法”を更新してる感じっすわ。

 


 

「ちゃんとしなきゃ」って、朝から何回言うてきたやろ。
でも実は、“ちゃんと”より“今日も出発できた”が一番大事なんかもしれんな。

僕らみたいに、毎朝もがいてる人がいたら──
あなたは一人ちゃうで。

 


 

次回は、“ちょっと持ってきて”が難しすぎるASD脳の話。
伝わらへん指示に、今日も脳がフリーズしてます。

 


「朝の洗面所バトル勃発!ASD父 vs 前髪命のJC」

朝の洗面所──

そこは 家庭内戦場(バトルフィールド である。

1分1秒の遅れが、全体スケジュールの壊滅を招く僕にとって、
朝のルーティーンは “神聖なる儀式”
誰にも、どんな理由があろうと、
邪魔は許されない──はず、だった。

だが、現れたのだ。
新たなる刺客が。

思春期JC(娘)Lv.14:前髪命の民。

戦場(洗面所)にズカズカと入り込み、
鏡前を陣取り、しゃもじのようなクシで前髪をセッティング。

……ちょっと待て。
出発は俺の 1時間後 やったんちゃうんかい。

なあ、教えてくれ娘よ。
鏡って……今、そんなに必要か?

これはただの親子喧嘩ではない。
これは、“朝の覇権” を巡る静かなる戦争なのだ。

というわけで今回は、
ASDお父ちゃん vs 自己中娘 in 洗面所」 をお届けするで〜。

■ 僕の朝はミリ単位で設計されている

僕のモーニングルーティーンは、もはや職人技。

  • 起床(秒単位で目覚まし止める)

  • トイレ(座った瞬間に勝負は始まってる)

  • 歯磨き&洗顔(洗面所ミッション)

  • 着替え(無心の早業)

  • 出発(最短で靴を履く)

この中に “余白”は一切ない。
この1つでも崩れると、出社までの流れが全部ガタつく。


■ 事件はトイレ中に起きた

その日もいつも通り、トイレでスッキリしてから洗面所に向かう──
はずだった。

……ん?
鏡の前に、誰か立ってるやん。

そう、娘や。

ヘアアイロン片手に、ガチの表情。
まるでこれから テレビ出演でもあるかのような集中力で前髪を整えてる。

僕(心の声):

おいおい!ちょっと待てぇ!
出発、1時間後やんな?
しかも今日って体育あるから結ぶんちゃうん?
いや、そこやない。
鏡、貸してくれ。今しかないねん……!


■ 自分の出発時間 vs 娘の「前髪優先権」

しばらく待ってたけど、娘の「前髪チャレンジ」は長期戦の構え。
ようやく言葉をかけた。

👨‍🦱 僕「お父さん、先に出るから洗面所使わせてくれへん?」

👧 娘「え〜?…お父さんがもっと早く起きたらいいやん」

……うん、それも一理ある。
でもな? 出発1時間後の人が 鏡の主導権握るの、納得いかへんやろ!

僕のルーティーンは 「無駄なく動いてストレス回避するためのライフハック」なんよ。
娘は悪気ないってのはわかってる。でも、
こちとらASD脳、“段取り崩れ”が何より苦手なんや……!


ASDの僕にとって、“流れの寸断”は地雷スイッチ

ASDの特性って、「予定されてた順番が崩れる」と、
脳内で警報が鳴り響く感じになる。

「何があってもこの流れで!」って決めてる動きがあるから、
それが遮られると 余計な考え事や感情がバババッと湧いてきて、めっちゃ疲れる。

普通の人なら「ちょっと順番譲ればええやん」かもしれんけど、
ASD的にはそれが なかなかしんどいことなんよね。


■ でも、娘は悪くない

これだけはちゃんと言っとく。

娘はほんまに 悪気はゼロ
朝から元気に鏡の前で一生懸命やってるだけ。
ただの “日常”を過ごしてるだけなんや。

僕が「順番」や「段取り」にこだわりすぎるのも、
ASDの特性からくるもんやし──

だから、親としては伝える。

👨‍🦱 僕「お父さん、出発時間が早いから使わせてくれる?洗面所。」

ちゃんと伝えて、理解してもらえるようにする努力。
これって、自分の気持ちも娘の気持ちも大事にする一歩なんよな。


■ 朝の洗面所バトルは、今日も続く──

家族やからこそ、イライラしたりぶつかったりするけど、
そこで怒鳴るんやなくて、「どうしてそうなったのか」を伝え合えたら、
朝の戦場も、少しだけ平和になる気がする。

ちなみに今朝も、鏡の前には娘がいた。

僕?
今日は5分早く起きたよ。
……それでも前髪の民に、先を越されたけどな!


✨次回予告

「朝ごはんの“納豆問題”に終止符を。」(嘘です)