■「中途半端って一番あかん」って思ってた僕へ
昔の僕は、0か100か、白か黒か、できるかできないか。
そのどっちかでしか、物事を判断できへんかった。
「途中までやっても意味がない」
「完璧じゃないと、やったことにならへん」
「中途半端=カッコ悪い」
そう信じてたし、そうやって自分を追い込むことで“ちゃんとした人間”になれると思ってた。
でも実際は、心がしんどくて、息苦しくて、何ひとつ楽しめてなかった。
■ 白黒思考は、ASDあるあるなんかもしれへん
僕にはASD(自閉スペクトラム症)の特性がある。
ルールがあると安心するし、枠の中のほうが動きやすい。
でもその反面、「曖昧さ」がほんまに苦手なんよ。
仕事で「ええ感じにしといて」「ペン何本か持ってきて」「その辺に置いといて」とか言われると、頭がフリーズする。
“ええ感じ”って何や?“何本か”って何本?“その辺”ってどこ?
一応、最善を尽くして考える。
目的は?過去のパターンは?今の状況や周囲の流れは?……って情報をかき集めて、
「今の僕が出せる最適解」を出して、ようやく動ける。
でもこれが、もうめちゃくちゃしんどい。些細なことやのに、時間もエネルギーもめっちゃ使う。
最近は、「とりあえず動いて、違ったら指摘してもらえばええわ」って開き直ってる。
実際、指摘されたら「了解です!」で済むし、なぜか天然扱いされて場が和むこともある。
(心の中では、めっちゃ計算してるんやけどな…笑)
■ その思考、子育てにも顔出すんよな…
白黒思考は、自分だけの問題やと思ってた。
でも、気づいたらその“基準”を息子にも当てはめてた。
宿題を最後までやらなかったとき、
プリントをぐちゃぐちゃに持って帰ってきたとき、
人の話をちゃんと聞いてなかったとき——
「なんでちゃんとできひんねん」
「全部やらな意味ないやろ」
「それってズルやんか」
今思えば、それって僕の“白黒でしか判断できない苦しさ”を息子にぶつけてただけやった。
息子は“グレーの世界”で懸命にやってたのに、僕の価値観がそれを否定してたんや。
■ “グレーでええやん”と、やっと思えた瞬間
僕が少しずつ変われたのは、「こんなんじゃ身がもたへん」と限界を感じたから。
白黒つけようとするたびに疲れて、イライラして、自分にも周りにも優しくなれんかった。
ほんの少し肩の力を抜いて、「まぁこんなもんでええか」と言えるようになってきた。
仕事でも、「とりあえずやってみる」ようにしたら、案外うまくいくことも多い。
子育ても同じで、「今はこれが息子の100%なんやな」って思えるようになってきた。
■ 子どもにも、“白黒つけない”という優しさを
今は、白か黒かで怒るんやなくて、
「今日はここまでで十分や」って伝えるようにしてる。
「忘れ物してもええ。気づいたことが大事や」
「ちゃんとできへん日があってもええ。失敗は成長の種や」
グレーって、妥協やなくて、
“柔らかさ”とか“余白”とか、そんな優しさを含んでる気がする。
✅まとめ:白黒思考をやめたら、生きるのがちょっとラクになった
昔の僕は、白か黒かでしか見られへんかった。
けど今は、「曖昧でも、未完成でも、それでええやん」って思えるようになってきた。
息子にも、自分にも、「今のままで大丈夫やで」って伝えたい。
今日も、グレーのまま、生きていく。
それでええやん。むしろ、それがええやん。
💌 あなたの「白黒思考」どうですか?
ここまで読んでくれてありがとうございます。
僕は今も、「これって白か黒か決めつけすぎてへんか?」って、自分に問いかけながら過ごしてます。
もしかしたら、同じように「グレーが怖い」「中途半端が許されへん」って感じてる人も、いてはるんじゃないでしょうか?
📣 あなたの「白黒しんどかった話」教えてください!
・仕事で「ええ感じ」でパニクった経験
・子どもに“完璧”を求めてしまった場面
・白黒思考に自分が追い詰められた瞬間
・「グレーでもええやん」と思えたターニングポイント
どれでもええです。全く関係のない一言でも大歓迎。
コメントで、あなたの声を聞かせてもらえたらめっちゃ嬉しいです!
🧩 一緒に“グレーで生きる練習”、していきませんか?
僕は、息子と一緒に“白黒つけない力”を育てていきたいと思ってます。
それは、発達ある・なし関係なく、
“自分にも人にもやさしくなれるヒント”やと思うんすよね。
焦らず、ゆる〜く、一緒にやっていきましょー♪
👣次回予告
次の記事:「完璧主義やめられへん病」。これまた、根深いんですわ。